八尋寛司のプライベートルーム
「人生の大きな流れ」
    
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■第六話 『会社創業による、新たな人生のスタート』

 前回第5話の続きとなりますが、今回は大手電気メーカーを退職し、独立起業して会社設立に至るまでを、お話し申し上げたいと思います。

 退職と起業という一見異なる大きな人生の節目ではありますが、振り返ってみると、広く社会の中での企業の在り方や存在意義、社会の仕組み等を異なる方向から見つめ直す同類の経験であったことに、恥かしながら後になって気付かされた次第です。
 今までは一つの会社組織の中だけで仕事や企業活動をすることで、外の社会や関係の薄い職種や社会制度のことをほとんど知らずに生きて来ましたし、知らないでも済んで来ました。  
 しかし、会社組織の中における仕事と社員生活が、実は会社組織の様々な社会制度や福利厚生等で守られた法人という安全な環境の中で実現できていること、また社会の中の仕組みに保護されていること、それを改めて知る機会となりました。  
 そして、起業して法人を設立するということは、その会社制度を、今度は自社の社員やご家族の安全・安心のために制度設計・構築・実施し、持続的にご提供することでもあることにも気づかされました。  
 もっと広く言うならば、法人を設立するということは、社会の中で責任を持って会社経営を進めていく適切な権利行使と義務履行を行うこと、また社会の中でモラル実践と自律規範行動を推進する非常に重要な活動であるということ、に気づかされました。  
 それらの大切なことを、私自身が実際に紆余曲折しながら体験し、気付かされて行く稚拙な過程を恥ずかしながら今回は皆様にご紹介したいと思います。  


 それでは、まずは大手企業から退職するまでのお話を始めさせて頂きます。
 皆様は、退職願という書類を書かれたご経験をお持ちでしょうか?
 そして、自筆の退職願だけが退職手続きでは無いことを、ご存知でしょうか?
 普通、退職願が受理されれば了解されたものと思われますが、会社からの退職は退職願を提出してから会社内の手続きがスタートするようです。私自身も初めての体験でしたので、この辺りの様子は全く知りませんでした。  
 注意事項としては、退職金や年金計算では勤続年数が1ヶ月不足しただけでも金額が大きく異なりますし、企業年金では誕生日や入社日から退職日までの満了期間が条件となっている場合や、日数計算方法によっては損をすることがあるようです。また、何日付で退職するかも、その後の手続きの煩雑さを考慮すると重要です。この辺りのノウハウは多くの案内本が書店に出ていますので、ご参考ください。  
 私は退職願を上司へ提出するまでは結構ドキドキしていたのですが、実際に提出するシーンでは自分が予想していたよりも冷静に話を切り出して退職願を提出することが出来ました。私自身、意外に心が落ち着いていることに感心したものでした。
 手続き上では様々なことがありますが、ここでは一部だけをご紹介しようと思います。
 退職方法とその後のことは、退職時の職責・地位、どの程度の会社情報を知り得る立場にあったのかにより、自由度が大きく異なってきます。最高裁判所の判例などたくさん有りますので、ネット検索して見てください。役員や管理者か一般組合員かによって、退職後に同業分野での創業や営業情報使用の時効期間、同僚の勧誘などの事情が異なっています。管理監督者では、4年間程度は同業での起業は難しいと考えておいた方が良さそうですし、前職の社員を引き抜くことにも問題が発生しそうです。

 次に、退職届を提出後のお話に進みます。
 何人も、いろんな立場の人から同じ退職理由聴取を何度も受ける可能性がありますので、我慢して耐える覚悟が必要です。その時間的な長さと慰留の有無や強弱は、個人の事情と、会社の事情により異なるものと思います。
 この段階では退職理由が大変重要ですので、後で必要となる書類記載のことを考慮して、理由を明確に述べて一貫してぶれないことが望ましいです。この理由によっては、退職金や失業保険を受給される場合には職業安定所での状況にも影響します。

 前述の退職理由聴取を我慢して無事にクリアすると、次は書類群の作成作業と業務引継ぎ作業となります。複数の書類への記入や業務引継が退職日とリンクすることなど、十分に想定して最初から整合性有る会社への対応を取ることが重要です。
 業務引継ぎ作業で困ることは、引継ぎ相手となる対象者が決まらないことや、業務引継ぎリスト作成を要求され、これが全て済むまではなかなか退職させては貰えない場合です。退職の何日前までに退職願を提出しなければならないかは、法律で決まっていますので、もし無理な要求をされた場合には毅然とした態度で法律条項を告げて権利を主張しましょう。この辺りの事情は、企業差がかなり有るかと思います。
 転職では更に注意が必要です。行き先企業とその入社日が決まっている場合などでは、予定通りに退職させてもらえず、入社日に関して転職先企業へ迷惑を掛ける可能性がありますので、よく注意しましょう。会社就業規則の詳細規定の確認や、残っている年休取得も、検討して上手く活用しましょう。
 書類作成作業で困ることは、突然に人事総務関係の書類を渡され、短い期間の中で署名捺印を要求される場合があります。この類の書類には、退職後の自由度に制約を与える事項が含まれていることが多いようですから十分に注意し、必要に応じて企業法務に詳しい弁護士さんへ相談されることをお奨め致します。
 この他、退職に伴う書類は、全て一覧表リストに作成の上、受け取った書類や後日郵送されて来る書類を整理して、クリアファイルに保管しておくのが良いと思います。
 雇用保険離職票の受け取り、健康保険の任意継続手続きや健保資格喪失証明書、退職金や企業年金の選択や受取方法や時期設定、公的年金を厚生年金第2号から第1号へ種別変更手続き、住民税や所得税など税金支払い書類と原泉徴収票の発行依頼、退職月の給与受け取り方法確認、企業で加入していたグループ保険の切換え手続き(生命保険や自動車保険など)、住宅ローンや学資ローンや社内預金積み立て制度や従業員持ち株制度などの清算、銀行振り込み手続きと口座証明書類、などなど。
 どうでしょうか? 結構、いろいろと有りますよね。こんなに多くの社会制度や会社の福利厚生制度があったことを、解約手続きをして初めて認識することになります。

 勤務の最終日は、お世話になった会社の先輩や同僚・後輩へ挨拶回りをし、人事で退職金明細書を受け取り、私物を整理して車に詰め込み、会社の門のところで振り返り、深く一礼をして、長年お世話になったことを心より感謝し会社の門を出ました。
 これまで社会人として育てて頂いたご恩の有る会社であり、21年あまり勤めて来た会社ですので、感慨無量で寂しい気持ちもありましたが、一方これで一つの区切りが付いたとの安堵感もありました。涙は出ませんでした。
 会社の白い大きな3階建ての建物と毎日くぐり慣れた正門を背にして、今、自分の肩で風を切って歩いて行くこの時、見上げた空は青く晴れ渡り、九月の秋空と澄んだ空気の清々しさが私の気持ちと同化して、今でもはっきりと脳裏に蘇ります。



 次は、退職に伴う各種の書類作成と複数の官公庁への届出作業になります。 退職前には、健康保険の任意継続か国民健康保険か、公的年金の国民年金切換や奥さんや家族の年金変更、企業第二年金の受給開始年齢の設定、健康保険や自動車損害保険のグループ加入からの脱退手続き等、決めておかねばなりません。
 退職後に出向くべき官公庁と順序は、気の利いた人事担当者であれば教えてくれますので、順次書類を届出します。何度も銀行へ行って印鑑確認や振込先証明を得なければならないので、汗を流して移動し、ナマッタ身体を少し動かしてくださいね。(笑)
 市役所・区役所、公共職業安定所(ハローワーク)、社会保険事務所へ行く必要があります。すぐに住所変更を伴う場合は、管轄の窓口を事前に確認しておきましょう。
 特に、ハローワークの失業保険受給に関する手続きでは、落ち着いて事務処理能力を発揮してください。最初の説明会や認定日は指定日に必ず出向く必要がありますから、日程を間違えたり、当日の体調を崩さないよう注意してください。認定日に行かないと給付金は貰えません。1回のパソコン検索(発券カードを保管必要)や指定講演会の受講により1回の就職活動とカウントされ、約30日弱の期間内に2回以上の就職活動を行う必要があります。会社都合退職では受給資格認定後すぐに給付金が支給されますが、自己都合退職ではすぐに貰えず3か月間は無収入となりますので注意してください。この間に内職やアルバイトをした場合には減額されますが、一日の労働時間などの条件が設定されていますので、よくパンフレットの記載内容を確認してください。
 ハローワークでは、求人情報をタッチパネル式パソコンで調べると、社会の様々な職種や賃金レベルが解り、自分の現状位置や社会状況を客観的に見ることができます。
 起業後には、今度は立場を換えて人材採用や社員の雇用保険などの目的で、再度このハローワークに来ることになりますので、初めて見る周囲の状況やそこで仕事を探しておられる方々の様子を観察しておくことは、とても重要です。
 それにしても、パソコン検索の時に感じた周囲の暗くて重い陰鬱な空気や、給付を受け取る時に名前を呼ばれた時の何とも言えない感覚は、今でも忘れられません。

 会社を退職してから暫くは、ハローワーク通いと、長年出来ていなかった家の中の整理に時間が過ぎていきました。でも、昼間から自宅近所をうろうろと歩いていると、社会や近所の目がとても気になりました。あの人会社はどうしたのだろう、失業したのかな、そう思われていると思う自分勝手な妄想が実は一番苦しかったです。
 人に会っても、もう前職の名刺を出すことも出来ず、私はどこの誰? どう自己紹介したら良い? 迷いや不安感を覚えました。これが、マズローの欲求の5段階説における「帰属への欲求」というものなのだ!とはっきり認識しました。
 その後、基本的には自宅でこれまでの整理整頓と未読だった書籍の読書に耽るとともに、以前お世話になった神奈川科学技術アカデミー(KAST)や後に述べるFAISから特別研究員にして頂き、所属と名刺を得て、勉強会やセミナーに参加しました。  



 次の段階に移りましょう。次は、会社設立に向けての活動です。 まずは、資本調達とビジネスモデル構築になります。  
 私の場合、前職に所属していた時から退職して自宅で準備している間、商工会議所、中小企業支援センター、市役所や県庁へ訪問、ビジネスプランセミナーへ参加、具体的な起業相談、多くの一般的な支援窓口で相談をお願いして来ました。しかし、残念なことに私の考えていた支援は存在しませんでした。研究開発型のバイオベンチャー企業を創業する支援など、どこにも無いのです。公的機関窓口の支援は、個人事業主やLLCなどの、ITやサービス業の創業などが対象になっているようです。
 あるセミナー講師からは、「あなたのビジネスプランは、ここで相談すべき事業内容ではありません。」と、はっきり言われてしまいました。
 でも、偶然というのは有るものですね。そんなイベントに参加している内に、別々のイベントでたまたま隣合わせになった、中堅機械製造企業A社の社長さんと、中堅ソフト開発企業B社の研究開発センター所長さんとお話する機会を得て、懇親会でビールをご一緒させて頂いている間にすっかり仲良くなって、私の個人的な事情もお話して理解してくださいました。それから、両方の会社へ訪問して、交流を深めて行きました。
 当時、私の退職金だけでは、目指しているビジネスプランを実行することは到底無理でしたし、私と妻の二人で一緒に蓄えて来た将来設計用の貯金と退職金を、全て会社起業へ叩いてしまう訳にはいきませんでした。老後の蓄えも必要ですから。
 そんな折にこの中堅企業2社から出資のお話を頂き、大変有り難く願っても無いお話でした。私のビジネスプラン上からも、創業後に共存共栄できる関係が構築可能な、それぞれの相手の会社様の事業内容でした。両社はそれぞれ、機械・部品開発とソフト開発の事業を順調に推進しておられる企業でした。
 私の構想していたバイオビジネスでは、できるだけ固定費を軽くして、コアの研究開発のところだけを自社内で実施し、固定費が重い部分は社外設備を利用させて頂ければ、一番理想的なスキームになると考えていました。バイオ機器やバイオデバイスを開発するために必要となるのは、高額・大型で場所を取り減価償却費を要するCADや工作機械、そしてソフト開発で長期間維持しなければならないソフト開発者の人件費でした。これらの固定費がどれだけ重く経営を引っ張るかは、前職でのHTS装置開発、そしてビジネススクールでのケースで、何度も経験と学習をして来ました。
 それだけに、この2社からの出資と事業提携のお話は、偶然とは言え、スタートするにはピッタリの内容でした。
 すぐに、正式で具体的な私の計画している事業プランをご説明して、出資頂くご了解を頂戴しました。何と偶然なことでしょう!思いもよらなかった企業からの資本参加によって、十分な初期資金調達が出来た訳で、余裕を持った会社設立が可能となりました。結局、資本金は3千万円を超える、それなりの金額になりました。
 当時、1円からでも起業できます、というキャッチが流行っていましたが、私の場合は企業の持続的な経営を目指すのなら、しっかりと正道を歩もう!と決意していましたので、これは本当に何か偶然の力を感じずにはおられません。
 ある程度の資本金を積んでおくことで、会社の安定性を社会に発信することが出来て、人材採用や仕入れ先様にも信頼感を与えることが出来るものと考えましたし、また資本構成や今後の資金調達の面からも、法人株主を適切な割合で持っていることが、与信や信用、そして会社発展の基本姿勢を社会に対して示すことに繋がるものと考えました。
 勿論、会社法によると株主総会での権利と持ち株比率の関係は重要事項で、あまり大きな比率のモノ言う株主や敵対的株主というのも、重要な問題に発展しかねません。
  一方で、創業する会社が自分一人だけで孤立・個人的に経営・運営するのではなく、しっかりした株主構成とグループ構成していることが、社会から見た時に大きな信用とプラスの姿勢評価になることも考えました。
 他で経営方式で検討したことでは、LLCやLLPの新制度が開始されていましたので説明会へ参加し検討しましたし有限会社も検討しましたが、私の計画している事業分野では、やはり社会信用の面から株式会社であるべき、との結論に達しました。    


 次に、会社設立の場所についてです。
 福岡県では久留米リサーチパークが設立され、久留米市の筑後川河川敷にある百年公園にバイオベンチャー企業の為の建物にバイオ実験専用の部屋が完備され、バイオバレー構想が福岡県と久留米市の強力な支援のもとで推進されていましたし、現在もバイオファクトリーを増設して事業継続されています。当初は、この施設に入居させて頂くことに決めていました。  
 それまでに、九大医学系キャンパスのコラボステーション、福岡市百道のソフトリサーチパーク、筑紫野研究開発ラボ、熊本テクノパーク財団、京都リサーチパーク、産総研関西センター、神奈川KSP、などを実際に訪問して自分の感覚と合致しているかどうか、自分の目で確認して回りました。その結果選定したのが、久留米RPでした。  
 ところが、いよいよ創業する段階になり、それまで相談して入居希望を出していた久留米RPを訪問したところ、丁度満室になってしまい入居出来ないことを告げられてしまいました。
 会社設立場所は創業に際してはとても重要な事項ですから、いろいろと構想していたことが急に崩れて行った感じでした。自宅との通勤距離や交通費、家族との暮らし方、両親の居る実家との距離など、様々なことに影響します。しかし、まあ時間はあるので落ち着いて他を探すことにしようと思いを定めていました。
 また丁度そんな折、福岡市内で開催されたセミナーへ参加して、たくさんの聴衆の中で質問者の話などを聞いていると、北九州市に学術研究都市があって、そこの責任者の方がとても感じの良い鋭い質問をされているではないですか。当時の私が何を思ったかは忘れましたが、セミナー終了後にこの質問者であるK氏のところへ行き、ご挨拶と自分の立場を簡単にご説明しました。すると、偶然にも北九州市若松区に北九州学術研究都市が出来てベンチャー育成のためのインキュベーションセンターが有り、空いているから入居検討しませんか、とのお話しでした。そして、一度考えている事業内容を説明しに来てくださいとのことでした。
 さっそく、私は北九州学術研究都市の中にある財団で北九州産業学術推進機構(FAIS)のK氏を訪問し、長年温めていた事業構想をプレゼンさせて頂きました。すると、偶然にも類似の技術をFAIS内に在る北九州市立大学・国際環境工学科と九州工業大学・生命体工学研究科の先生方も研究開発していると言われるではないですか!  これには、とても驚きました。まさか、バイオ事業の中でも、一つの狭い領域に特化した私の事業内容を、共通して研究開発している先生方が北九州におられたとは!
 すぐに、次回予定されているFAIS主催の研究会でプレゼン発表するようにK氏から促され参加して発表したところ、前述の先生方のご発表とぴったり一致した内容に双方ともびっくりしたものでした。それからは、北九州市役所へ訪問して創業相談したり、入居部屋を決めて契約したり、大学との共同研究の打ち合わせをしたり、様々な準備が具体的なものとなって実現して行ったのです。
 建物は出来たばかりで美しい5階建ての現代的イメージ、創業するのに申し分の無い部屋と場所でした。周囲は緑あふれる学術研究都市で、4つの大学が近接していてミニ筑波学研都市のようで、図書館・体育館・高度バイオ機器分析計測センター・半導体製造プロセス利用施設・食堂があり、多くの若い学生さん達で活気に溢れていました。
 この時にお会いした先生方のことは、また次回にでも詳しくお話しすることにして、その後もずっとご一緒に産学連携による共同研究をさせて頂いている、ということにお話を止めさせて頂いておきます。
 結果として偶然にもK氏にお目に掛かる機会を得て、その時に質問・自己紹介しなければ、今の場所で創業することはまず無かったと思います。今でも設立場所選定に成功できて本当に良かったと、お世話頂いた方々に心から感謝しています。

 私自身はこれらの準備をするのと並行して、会社創業の大きな活動を本格化させて行きました。会社の経営理念の明示、会社法による会社設立の法律勉強、株式会社の種類選定、会社名の決定と商標登録準備、会社印鑑の製作、会社定款の作成、法務局や公証人役場での申請書類作成、取引銀行や顧問税理士の選定、部屋の使用契約、部屋の机と椅子購入と電話の契約設置、などなど、全て妻と二人、自分達でお金を掛けずに進めました。司法書士の先生へ依頼すれば直ぐに出来たかも知れませんが、貴重な体験を出来る機会を大切に出来て費用も節約できるので、本を見ながら独力で行いました。
 そのお陰で、初めての法務局での審査官とアドバイザーとのやり取りや、初めて入る公証人役場のレトロな前時代的な雰囲気など、とても刺激的な経験となりました。これに関しては、結構長くなると思いますので、次回ご紹介致しましょう。
 一つだけ注意させて頂きたいのは、手続き上は1円で会社は創業できるかも知れませんが、次のような大きなリスクを抱えての創業になることを覚悟しなくてはなりません。創業に際して必要な経費には、独力で創業申請しても法務局での印紙代が約20万円、会社印鑑の製作と印鑑証明に数万円、会社設立場所と申請時の電話番号が要るので電話契約費用、公証人役場での定款作成と証明書作成の費用と印紙代、設立場所に会社存在のエビデンスが要るので光熱費代、等があります。もし、1円の資本金の場合、1年間の企業会計年度内であれば、B/Sには反映されることもなくP/L上赤字というだけの問題だから、1年以内に何とかすれば大丈夫だとも言えるかも知れませんが、実質的に負債超過状態なのですから健全な会社とは言えないでしょう。
 徳川家康も熟読していたと言われている『貞観政要』によると、「城は構築することと、維持することの、どちらが難しいか?」との質問に対して、「城を維持することの方が難しい!」と答えています。家康はその事を知っていたからこそ、徳川幕府を開いた時、様々な法度制度等を続けて整備して盤石な維持制度を敷いたものと思われます。
 会社の創業と維持でも同じで、維持の難しさを理解していれば、1円からの創業という安易な道は選ばない方が良いと、私は思っています。  
 私の場合、FAISのインキュベーションセンターである事業化支援センターの5階がバイオと化学の研究専用の部屋であり、この一部屋を創業前に借りて準備室として創業前に使用開始し、机と椅子や電話器を購入してネット回線契約し、取引き銀行や顧問税理士さんへお願いに行ったり、法務局への創業申請の仕方を顧問税理士さんに教えて頂きながら準備を進めました。
 最初は、妻と二人で何も無い広い部屋の片隅に新聞紙一枚を広げて座り、昼はコンビニ弁当を食べながら、これからだね! 3年後、5年後はどうなっているだろうね! と話していたものです。
 ところで、前述の税理士さんをどうやって見つけたのか? 会社定款をどうやって作成したのか? 会社名はどうやって決めたのか? 何より、経営理念と事業プランはどんなものか? など、ご質問がたくさん飛んで来そうですね。
 今回はここまでとして、次回この辺りのお話しをもう少し詳しく、エピソードも交えながら致しましょう。  


 如何でしたでしょうか?
 今回も、いろいろな方々との出会いが、私達の会社起業では重要であったことを、お解り頂けましたでしょうか?
 自分一人の力だけで、また独力で起業しようとしても難しく、周囲の方々や偶然出会った方々とのご縁を大切にしながら、自分の考えや思いを発信することで共感して頂き、これまで知ることの無かった社会制度や職種の方々からの教えにも学びながら、社会で存在しても社会から許して貰える公明正大な会社の姿を具体的なものに育てていく過程を、少し実感して頂けたかと思います。
 株主の皆様、社員やその家族の方々、お取り引き頂くお客様や仕入先様、共同研究して頂く先生方や産学連携のお世話をして頂く事務方様、税理士・弁護士・弁理士・司法書士・社会保険労務士の先生方、周辺の大学の学生さん達、銀行や市役所・官庁の方々、多くの関係する皆様に安心してお付き合い願えるような会社の姿、それを具現化していくことが起業というものであり、大切であるということに、前職の会社を退職し会社を創業するに際して、初めて気付かされたのでした。  
 会社とは、社会の公器なのですね。これが、今回皆様にお伝えしたかったことです。




    2011年 5月 1日   
                         
                                STEMバイオメソッド株式会社
                                代表取締役社長   八尋 寛司



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