八尋寛司のプライベートルーム
「人生の大きな流れ」
    
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  ■第二話■
 『難病:「脊髄小脳変性症」で逝った伯母と従兄弟の思いを、私は生きる。』  
 


 今回も病気と人の死の話となりますが、私の伯母と従兄弟の難病のこと、彼らがどんなに悔しい思いで逝ったか、そしてそれを見守る家族や周囲の人達の心情を、実際の経験に基づきお話し、その上で私自身が彼らの悔しい思いを胸して人生を精一杯生き抜く決意をしたことをお話し申し上げようと思います。

 最初に、H20年2月現在、私の会社ではバイオ実験研究室を保有していまして、その細胞培養器の中では、ラット神経幹細胞
(神経系の細胞にだけ分化する多能性幹細胞)と子宮頚癌細胞株(HeLa細胞:ヒーラと呼びます)を、殖え継ぎながら(継代と言います)生きたまま培養しています。
 毎日顕微鏡で観察しては、元気にしているかどうかを細胞の顔色を見ながら、今日も元気そうだね!と思ったり、明日は休みだけど栄養液体成分を交換しないと
(培地交換と言います)可哀想だから、会社へ行こう!と思ったりしています。
 ようやく、元気か元気で無いかを観察して解るようになって来ました。(研究的側面から機能評価してではありません)  
 特に神経系の細胞には大きな関心を持っていまして、神経系の幹細胞・前駆細胞を分化誘導すると、ニューロン細胞や、グリア細胞
(アストロサイト、オリゴデンドロサイト等)へ分化して、形態的にも樹状突起や軸索を長く伸展させたり、星型の宇宙銀河の様な蛍光画像になったり、時間を忘れて顕微鏡に見入ってしまう有様です。  


 何故、そんなに神経系細胞に関心を持っているかと申しますと、実は標題にも記しました通り、私の親戚に難病の一つで、脊髄小脳変性症という治らない病気の家系の方々がおられまして、伯母さんや従兄弟を近くで見守り、そして見送って参りました。

 この難病は、小脳の機能が低下することで全身の筋肉が動かなくなる進行性、晩発生で約40%が遺伝性の難病です。最初は、足がふらつき始め、手で重いものを持てなくなり、言葉をうまく話せなくなり、病状が進行していくと立つ事も、話すことも、とにかく動くことが出来なくなり、身体中の筋肉が使えなくなってしまう、本当に怖ろしい病気です。  

 昨年(H19年)、多くの方々の涙を誘った沢尻エリカさん主演の「1リットルの涙」が、将にその脊髄小脳変性症の患者さんのテレビドラマです。
 多くの方々が、テレビの前で毎週涙が止まらなくて、とても感動されたようです。テレビドラマ化以前に、映画化された映画版も存在しています。
 テレビ版で沢尻さんが演じた主人公が擁護学校の先輩に出会う場面がありましたが、その先輩役として出演していた大西麻恵さんが主人公役、そして母親役がかとうかずこさんだったのが映画版です。
 実は、この『1リットルの涙』というのは、実在したモデルの患者さんがおられました。その方は「木藤亜也さん」です。彼女の中3から21歳までの日記を編集した同名の本が、1986年にエフエー出版より出版されています。
 愛知県豊橋市のご在住でしたので、中部地域では多くの学校で道徳の副読本として採用され、広く知られるようになったそうです。2005年には幻冬舎文庫から文庫本化されています。多くの読者から感動の声が寄せられているそうです。
 私は、この映画を自宅近くのホールへ観に行き、その時にホール内に展示してあった実在モデルの、「木藤亜也さん」の写真や当時の資料も拝見し、映画で涙が止まらなかったのに、またまた大変でした。  

 プライバシーの問題がありますので、固有名詞は出せませんが、実は私のY伯母さんは50歳代にこの難病を発病されて、だんだん身体が動かなくなって、自分自身の力だけでは立てなくなり、口の周りの筋肉へも影響が出始めると言葉が発声・発音し辛くなって行き、咀嚼も難しくなっていきました。
 それでも、私の実家へはたびたびR伯父さんと一緒に訪問して下さり、いつもニコニコしながら、私達の家庭内での普段通りの会話や親子喧嘩を優しく見守っていました。
 Y伯母さんには、私と妹が小学生の頃から大変良く可愛がってもらっていまして、夏休みはY伯母さんのところへ泊りがけでよく遊びに行っていました。朝ごはんの大きな特製たまご焼きがとても美味しくて、喜んで食べていたことを今でもよく覚えています。
 本当にやさしい、芯の強い伯母さんでした。最後は介護老人施設で、最後を迎えられました。
 発症から約12年、享年60歳でした。この病気の悲劇は、晩発生の遺伝病であることで、当時はまだ現在のように遺伝子診断などのバイオテクノロジーが発達していませんでしたので、この病気の遺伝が解らないままに結婚して子供を授かって、40歳代以降に急に発症するという、晩発性であるところにあります。よって、何代にもわたって遺伝して、苦しみが継続していくことになります。
 このY伯母さんの子供、つまりは私の従兄弟Eさんもこの遺伝を受け継いでしまい、30歳代で発病して42歳の若さでこの世を去って逝かれました。
 遺伝することで、発病年齢が早期化すると共に、進行も早くなるという、もうたまらない病気です。従兄弟Eさんは、難病指定の病院に入院し、車椅子で生活していた様です。
 何度かお見舞いに行きましたが、何と声を掛けて良いのか解らず、ただただ手を取り、涙をお互いに流して帰りました。この従兄弟Eさんは、大変な勉強家で、病院でもずっと亡くなる直前まで本を読んで、勉強をしていたそうです。そして、そして、ものすごく感激したことがあります。

 病院にお見舞いに行った時、ふと壁の掲示板を見ると、その従兄弟Eさんの書いた色紙が名前入りで貼ってあるのが目に入りました。
 
『人間の幸せは、その長短ではない、充実した人生の中に在る』!!!
 この色紙を見て、もうたまらなく、私はその場に立ち尽くし、涙が止まりませんでした。
 私はこの色紙を次回は貰おうと決めていたのですが、残念ながら貰う前に42歳でこの世を去ってしまいました。
 彼は、この色紙の言葉を本当に病院内で実践していたのです。病気になりながらも、助かる希望も無い、しかし短くとも充実した人生を送ること、すなわち最後まで自分自身の向上を図るべく勉強を継続して、大きな意味のある人生そのものを生き抜いていたのです。
 私達は、ともすると惰性で生きているようなところがありますよね。この時の私は、大きな衝撃を受けると共に、自分自身もこの従兄弟Eさん、そしてY伯母の思いを大切に胸に抱いて、精一杯に自分自身の人生を生き抜いて行こう!と決心したのです。  

 出来る事ならば、このような難病に罹り治療の術
(すべ)も無い方々へ、何か治る可能性のある、「生きる希望の光を灯す」ことができないものかと、思ったものです。
 医者では無い自分には、何もすることが出来ない、このもどかしさに震える思いを抱きました。
 この「希望」という一事が、どんなにか生きる糧となることか!
 残された、妻と子供の二人を亡くしたR伯父さんは、私以上にどんなにか辛い思いでおられたことでしょう。     


 ここで、脊髄小脳変性症のことを少しお話致しますと、日本国内では比較的に多い神経性難病の一つで、運動失調を主症状とする神経変性疾患の総称です。オリーブ橋小脳萎縮症、マシャド・ジョセフ病など、種々の疾患が含まれていて、英語のspinocerebellar degenerationから、SCDと言われます。
 国
(厚生労働省)では、この疾患を特定疾患として、原因と治療の究明に当っています。
 遺伝性のものと、狐発性
(非遺伝性)のものに大きく分けられ、発症の人口比率は10万人に7~10人らしいです。平成14年度この難病の交付件数は、23,483件です。
 私達の脳には100億個の神経細胞があると言われていて、ニューロン細胞とそれを支えるグリア細胞から構成されています。この神経細胞が原因不明で次第に状態が悪くなり、死滅してしまうことを「変性」と言って、パーキンソン病やアルツハイマー病などが神経変性疾患に入ります。筋ジストロフィー症は筋細胞の変性疾患です。
 よって、脊髄小脳変性症は脊髄や小脳、脳幹を中心にした神経細胞が障害されることで、運動機能が著しく低下していくことを特徴とする神経変性疾患と言われています。
 患者さんの約40%が遺伝性であり、他の60%の方々は非遺伝性の狐発性と考えられています。

 難病情報センターのweb情報からは、病因として遺伝性の病型は遺伝子異常によって発病すると考えられていて、いくつかの遺伝子同定がされ SCA1,Machado-Joseph病,DRPLA、また遺伝子連鎖解析により染色体上の遺伝子座が解った SCA2,Friereich運動失調症などがあります。
 このように近年、遺伝性のものに脊髄型のフリードライヒ失調症
(脊髄型)、メンツエル型(脊髄小脳型)、ホームズ型(小脳型)の中から、SCA1、SCA2、マシャド・ジョセフ病(SCA3)、SCA4、SCA5、SCA6、SCA7、歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)、などの疾患が分離され、遺伝子異常の部位が明らかにされて来ました。一方、オリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)、晩発生小脳皮質萎縮症(LCCA)などの遺伝性の明らかで無いものも含まれています。多くの疾患が常染色体優性遺伝であり、親のどちらか一方の遺伝子異常によっても遺伝します。  

 少し専門的になりますが、臨床病型と遺伝子型で解り始めた内容として、フリードライヒ病は第9染色体長腕9q13-q21
(Chamberlainら,1988)、マシャド・ジョセフ病は第14染色体長腕14q24.3-q32(Takiyamaら,1993)、SCA1は第6染色体短腕6p22-p23(Jacksonら,1977)、SCA2は第12染色体長腕12q23-q24.1(Asuburgerら,1990)、歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症は12p13.31に遺伝子異常があると報告されています。
 常染色体性優性遺伝のもので、これまで明らかになっているものは、病因遺伝子内の蛋白質への翻訳領域に存在する「CAGリピート」の異常伸長によると考えられていて、このCAGリピートはグルタミンをコードしていると考えられていますので、伸長したポリグルタミンを有する蛋白質が神経細胞に対して何らかの障害を及ぼすのではないかと推定されていますが、詳細はまだ不明です。
 しかし、この蛋白質の異常伸長による細胞障害という現象は、パーキンソン病やアルツハイマー病と共通している現象であり、現在世界中で精力的にこの研究が進められていますので、大いに期待したいところです。
 アルツハイマー病では、現在はその進行を一時的に抑えることができるアリセプト
(塩酸ドネベジル)がエーザイから販売されていますが、根治療法には至っていません。海外の新薬研究では老人班の構成要素であるベータ蛋白質の伸長を酵素切断する作用機序での新薬開発が、進んでいると聞いています。日本国内でも、トレハロースが効果有るとの研究もありますが、まだ安全性や臨床治験が必要な状況です。
  遺伝子から病因を解明する研究が盛んになってはいても、小脳あるいはそこと関連した神経細胞群が選択的に死に至る理由はまだ解明されていません。
 よって、治療方法も根本的なものは無く、小脳性運動失調症に対する唯一の薬剤がTRH
(Tyyrotropin releasing hormon、甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン、商品名:ヒルトニン)の注射薬が中心です。しかし効果が長時間持続しないことから、TRHの経口剤として開発されたタルチレリン水和物(商品名:セレジスト)が現在は広く用いられています。(出展:『脊髄小脳変性症のすべて』監修:水澤英洋、編集:月刊『難病と在宅ケア』編集部、日本プランニングセンター発行、2006年1月) 根治療法としては、神経幹細胞を用いる方法が再生医療分野で研究されています。
 これには大きく2つの方法があって、一つ目の方法は患者さん自身の脳内に神経栄養因子や細胞増殖因子を注入して、脳内既存の神経幹細胞を刺激して調節機能を向上させる方法です。二つ目の方法は患者自身の体内の神経幹細胞を体外へ取り出して、培養して増殖分化させた後に、再び患者さんの脳内へ細胞移植して治療しようとする方法です。いずれも、根治療法として21世紀に期待されている方法かと思われます。 また、最近RNAi
(RNA干渉)という方法が注目されています。
 これは、20数塩基程度の短いRNAを細胞内へ導入することによって、特異的な塩基配列のDNAがRNAに翻訳された時に、相補的なRNAと2本鎖構造をとることによって、そのRNAが破壊されてしまい、結果的に遺伝子の働きが消失してしまう現象を利用して、先ほどの疾患遺伝子の悪い働きを抑制してしまおうと言うものです。
 言わば、遺伝子を黙らせてしまう
(サイレンシングと言います)ことで、蛋白質の異常伸長をさせないようにしようと研究者の方々が目論んでいます。

 話を元に戻しますが、私自身は2004年まで、ある大手電器メーカーP社にて、創薬研究における薬物化合物のスクリーニングロボット、通称HTS装置
(High Throughput Screening)を私一人から始めて、国内の多くの製薬企業の皆様へ煩雑でエネルギーを要する大量処理作業を軽減し、かつ効率化するお手伝いをさせて頂きました。
 この間、1つの新薬開発には、期間として10~18年、金額にして100~300億円もの、大きな投資が必要となることを教えて頂きました。
 探索研究⇒前臨床試験⇒第1相・臨床試験⇒第2相・臨床試験⇒第3相・臨床試験、とうまく進んではじめて新薬としての承認申請が出来ることも解りました。途中段階で、例えば副作用や薬効不足などにより失敗すると、莫大な損失を製薬企業は被ることになります。
 大きな投資のような感覚ですよね。
 そんな研究活動を一生懸命に推進しておられる研究者の方々とたくさんお会いして、本当に感銘を受けて来ました。
  一方では、これらの大きな投資に見合うだけの市場性や収益性が無いと、とても莫大な研究開発投資金額を回収できない、というジレンマも理解することができました。先ほどからお話申し上げている脊髄小脳変性症のような疾患患者数が数万人程度の治療薬を開発しても、その経済的な意義や利点は無くて、必然的に製薬企業ではこのような原因究明も進んでおらず開発リスクの高い難病や市場性が小さくて開発しても利益が見込めない疾患領域の治療薬開発には取り組んで貰えません。
 そこで、国の政策として研究開発が後回しにならざるを得ない疾病の治療薬を希少疾病用医薬品
(オーファンドラッグ、患者数が5万人未満の稀な疾病対象の医薬品)と指定して、公的研究機関などを中心に研究開発を進めて、承認審査の優先などの支援により優遇処置をしています。

 私の会社のように小さな会社で、医学系ではなく工学系の企業であっても、先ほどのHTS装置みたいなご支援をしたいという強烈な強い思いを持っております。
 特に、最近話題となっております、iPS細胞によるES細胞によらない万能細胞の開発が山中先生により実現されたことから、これらのiPS細胞を利用して、疾患モデル細胞を作り、それに薬剤スクリーニング系を構築して実行すれば、今までに無い新たな知見と、新薬開発への期待が現実のものとなって参ります。
 大変嬉しいことに、私の会社ではマイクロ・スフェア・アレイという生細胞を3次元培養しながら、狙い目の大きさで、均一な寸法の細胞凝集塊
(スフェアまたはスフェロイドと呼ばれています)を整列させて大量形成可能な24mm角のチップを開発・販売させて頂いております。
 ES細胞や神経幹細胞などの未分化な増殖系細胞を未分化のまま長期間機能維持したり、肝臓細胞や膵臓細胞などの特定組織細胞へ分化した非増殖系細胞を長期間組織機能維持したり、可能にしております。
 現在、このチップを用いて疾患モデル細胞を作って、生活習慣病や癌などの大きなニーズを持つ疾患は当然ですが、それ以外にもこれまでに十分な研究費用投下ができなかった各種疾患、難病など、へも使用して頂けるようになれば、私自身としては本当に、本当に幸せです。

 先にこの世を去って行った従兄弟Eさんの思いを、そのまま私の人生として生き抜いて行ける、そんな気持ちで一杯です。

 先日、大変有り難いことに、京都大学の山中先生にもお目に掛かれる機会を頂戴しまして、この商品と機能をご紹介して来ました。弊社の商品や技術で、生きる希望を無くしておられる患者さんの方々へ、僅かでも生きる希望の光明を灯すお手伝いが出来れば、私の後半の人生(後半かどうかは解りませんが・・・)の全てをかけて、取り組む意義、使命感がございます。
 大企業の研究開発職を40歳代の中途半端と思われる年代で辞して、1つの事業に5~7年掛かる仕事を2~3サイクル回せる年齢的な時間と体力・知力が有る内にと思い、独立して会社創業した甲斐が有るというものです。



 皆様も、きっと夫々にご苦労や様々な修羅場をご経験されて、使命感を持って今のお仕事をなされておられることと拝察致しますが、今回は私の親戚の難病にまつわる思いをお話申し上げることで、金銭的・自己目的追求意識といったものとは少し異なる、利他と申しましょうか、社会的責任の視点を、より直接的に見据えた経営もまた有り得るのではないかと思い、このような考えに対します皆様からのご批判ご意見を仰ぎたいと存じます。

 知識創造企業でご高名な一橋大学名誉教授の野中郁次郎先生も、2007年6月29日の日経新聞「あすへの話題」欄の中で『会社の使命』と題して、このように言っておられます。
 「(前略)ピーター・ドラッカーは、かつて『現代の経営』(1954年)で企業の目的の唯一正しい定義は「顧客の創造」であると喝破した。私は、株主中心主義による会社統治では、どのような理屈をつけるにせよ社会の幸福につながらないと考えている。(中略)社会的に卓越した善い目的を掲げた時に、社員を内面的に動機づけグローバルな市場競争力を高め、知識創造とイノベーションを促進することができる。・・・・究極的には、長期にわたり共通の善につながる卓越性を内発的に追及する活動が独自の競争優位をもたらし、結果的に株主に利益が還元される。この「善」の基準は、その共同体が蓄積してきた伝統や「常識」が基盤となる。さらに、高い卓越性の基準を守り育てつつ、それを超えようとする個人の「思い」をきっかけに組織が自己革新を遂げていく。そのような会社は、理念と現実の綜合を日々実践しているのである。会社の使命は、経営を利益追求のツールを超え、「生き方」として捉える企業哲学に発する。それこそが、今日まで営々として追及してきた日本的経営ではなかったか。」
  私の会社も、営利企業として持続的に独自性を持ち、価値の有る研究開発や商品開発を継続できるように利益追求をしながら、その本来的企業目的はその利益追求ではなく、社会的責任や社会的貢献といったものを中心に据えて参りたい、との理想に燃えております。
  いろんな病気で苦しんでおられる方々やご家族の方々、そして経営者の方々へ、生きる勇気や新たな基軸としての会社経営の在り方を、少しでもご提案することが出来ましたら、この上ない幸せです。


       2008年 2月 20日     
                           STEMバイオメソッド株式会社  
                           代表取締役社長  八尋 寛司



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